〜選択した記事〜
Vol.005
凱旋門とぶどう畑と精子バンクの間で 2010年10月21日
パリモーターショーと時を同じくして、パリではプレタポルテのコレクションのショーなどもあちこちで開催されており、この時期ケータリング会社の製造やサービスの人たちはあちこちから引っ張りダコ。体がいくつあっても足りません。どこかのソワレで酒を注いでくれるサービスの人の顔がやけに青白かったり、目の下にどす黒いクマが何重にもあるのは実に自然なことなのです。

私も先週はあちこち行きました。半日ないし一日単位の仕事なので、日々違う場所に出勤。おかげで、今ではパリ周辺の電車網のひどさにはすっかり慣れっこです。週の初めは、シャンゼリゼ、凱旋門から始まりました。とある美術施設、お昼に到着する一行を待ちながらふと窓に寄れば、あの神々しい骨太のモニュメントがずっしりと鎮座。おりしも外は雨。とはいえ観光客は途絶えることがなく、はしゃいで写真を取り合っている姿を憂いと共に見下ろしながら、会場に持ち込まれた薩摩焼酎の瓶にため息。今日はこれがワイングラスに注がれて(私がやるのだけれど)振舞われますが、さあどうぞとサービスしたところで、フランス人はきっと香りをかいで顔をしかめるのだろうな、と。それどころか、ただでさえ日本酒(フランス語では SAKE)は中国の白酒と混同されていて、これを強い蒸留酒だと思っている人が多いので、焼酎を飲まされたら彼らは、まぎれもなくこれを日本酒(SAKE)だと思い込むに違いないでしょう。

いやいや、それを教えるのが私たちの役目。じゃ、今回も口を酸っぱくして説明しなくちゃな、と奮い立ってみるのですが……次の日はパリのド北、シャルルドゴール空港そばの展示会場で、薬のカプセルをつくる会社のカクテルパーティー。薬関係の人はよく飲む。

さてそんな週の真ん中に、ワイン講座の愛すべき生徒さんたちを、ヴァンダンジュ、ワインのためのぶどう収穫にご案内しました。
水曜日の朝、モンパルナス駅に皆さんと待ち合わせ。目的地はナント(NANTES)市近郊。小著『食とワインのふらんす探検隊』(工藤瞳さんとの共著)でも取り上げた、ステファンのミュスカデの畑です。前日ステファンに打ち合わせの電話をしたら、「じゃ、アペロ(アペリティフ)用意して待ってるよ」と優しい提案をしてくださるのでした。この本にも書いたとおり、ステファンの言うアペリティフは、次から次へとエンドレスでワインが抜かれる、簡単に言えば飲み会と解釈できるのですが、私の可愛い生徒さんたちは耐えられるのかしら? 果たして無事にヴァンダンジュは出来るのか? と一抹の不安があったのですが、現地にてその不安は泡と消えました。

到着早々、はい、ミュスカデが開きました。次? ソーヴィニオンかな? はい、開きました。このさわやかさ、青々しさは若さをくれるよう。アスパラガスにぴったり。え何、ステファン? 次は何にするって、ここは Malvoisie マルヴォアジイでしょう、これはあなたの渾身の一本だよね、とろりとした果実味がたまらなくいいのよね、ア、もう開いた。気がつけばステファンのパパ、90歳近いおじいちゃんも混ざっての宴会となっていたのです。

パターンはいつも同じで笑ってしまう。普段はきっと楚々となさっているはずの奥様たちも、はしゃいでステファンにグラスを差し出す。こんな片田舎の一杯が彼女たちの琴線に響いているのは確か。よし! これがワイン講座を通して伝えたいことの一つだったのです。普段着のワインとそれを取り巻く人々の温かさは、やっぱりそれを一緒に飲まないと。

何てタイミングがいいこと。横のタンクでは先週収穫したという Gamey 種がふつふつ発酵中。すくって味見しましょう。ああ、ワインの子供が、大きくなろうとアルコール発酵で修行中。このいじらしい果実味と生き生きとしたぶどうそのもの生命力にはハッとさせられます。

その後何本か開き、ようやくお昼ゴハン。皆さんが持ち寄ったお弁当を、池のほとりのロッジでいただきました。心のこもったお料理には、やはりワインがさらに何本か横に並んでいなければ……と、なごんでいるうちに時間が迫る。さあ、早くぶどう畑へ! トラックの荷台にのって牛のように移動です。

この日の収穫ぶどうは Cabernet Franc カベルネフラン。AOCでいうと Anjou Rouge アンジュの赤、きっちりまとまったタンニンが心地よいのが身上です。ぶどうがプルプルとはちきれそうになって、今か今かと切られるのを待っています。何と言うのでしょうか、酔った勢いとでも言うのでしょうか、私たちはザクザクと垣根の間に突っ込んでいって、鋏でぶどうの房をどんどん捕らえてゆくのです。働かざるもの飲むべからず。


ところで、この地方のぶどうの垣根は低いから大変なのです。しかし手に取るカベルネの一房の重み。この感触を知るのと知らないのとでは、これからのワイン人生の色がまったく違ってくること請け合いです。皆さん、本当にお疲れ様でした。ステファンにも感謝。友里ちゃん、あまり飲んじゃだめよ。



怒涛のような仕事週間の終わりは、とある学会サロン。医学関係のスタンドが並びます。私はそこでカフェやドリンクをサービスするのですが、周りを見渡してふと気が付くと、やけに「生命の不思議」的な写真があちこちに。生まれたばかりの赤ちゃん、女性の下半身内部の模型やイラスト、顕微鏡のスコープの中の無数のオタマジャクシ……細い官や変な注射器が並ぶ。ああ、そうか! ここは不妊治療関係のサロンでしたか。しかも私の真ん前のスタンドのパネルをよく読んみると……精子バンク。しかも凍結前に精子を清く洗浄するテクノロジーがうたわれている。まあ、まあ、まあ! ぶどうの次は精子ですか、なんとシュールな一週間……
このサロンでは、おおやけにはアルコールはサービスしないという建前には納得。だってお酒は精子と妊娠の敵ですものね。しかし、参加者たちはワインやシャンパンをごっそり持ち込んで勝手に飲んでいるのでした。さすが、この国って、テキトー!