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〜選択した記事〜

Vol.003

赤い実の練習 2010年09月22日

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少し前のことですが、第二の実家であるアルザスの家に帰ってきました。ここは100%ピュアなアルザスの小宇宙。義理の両親が手塩にかけて育てた、緑深き庭は私のパワースポットなのです。果実のなる木々が点在するなか、野菜はぐんぐん育ち、野良猫にとってはうってつけの散歩道。一方、鳩やスズメにとっては鶏の餌をかすめとるべくたむろするウエイティングバー。そんな庭で、おとうさんは野菜を収穫、おかあさんは果実でジャムを作ったり(その種類といったらお店を開けるくらい)、それを丸ごと使ってタルトを焼いたり……まるで絵本のような世界が実際にあるのです。

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この世界に生きるには、あまりにも「汚れて」いる私ですが、日々体内をアルコール消毒しているので、もしかしたら大丈夫かも。まず庭に出る前に、コレをキメなければ――そう、Amer biereアメールビエール! Piconピコンというオレンジの皮のほろ苦さを生かしたリキュールをビールで割ったカクテルです。アルザスのカフェでは一言「アメールくれ」で通じる、この地方では避けては通れない食前酒。はあー、元気になる。これでアルザスの氏神さまから、「よし、庭に入るがよい」とのお声がかかったよう。さあ、庭に出てみましょう。


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赤ワインの香りと味を表現するには、いわゆる"赤い果実" というものが欠かせません。赤ワインの全体的な印象を表現する言葉としては例えば、Petits Fruits Rouges (小さな赤い果実)または Panier de Fruits rouges (赤い果実の籠)などの表現もあり、まあこのあたりの言葉をつぶやいていれば、赤ワインを前にして、無難で当たりさわりのない飲み手でいられるということでしょうか。しかしそれは、おいしく新鮮な魚が勝負の寿司屋のカウンターでわざわざ、「おう大将、いいネタ揃ってるねえ」としょうもないお世辞をのべるようなもの。それはそれで当たり前。しかし大将渾身の各ネタの細かいところまで目をかけてゆく、というのが本当の意味で寿司を愛でる客なのです。では"赤い果実"と漠然とワインを表現していいのか? 寿司のネタが豊富なように(パリの寿司屋はこの限りにあらず)、赤い果実の種類もバラエティに富んでいます。赤ワインを利いて、一体この果実味は細かく言うとどの赤果実なのか、でもよく分からない、何だったっけ、何だったっけ、と自問自答の赤果実砂漠を抜け出すのには、ただひとつ。つまりそれぞれの赤い実の味をちゃんと自覚するだけです。そしてしっかり自分の引き出しにしまうこと。

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アルザスの庭で赤い実の練習です。庭を散歩しながら、さくらんぼ、フランボワーズ、いちご、グロゼイユ、イチジク、ミュールを食べ進むと、気分は松田聖子、ここーろの岸辺に咲いた赤いぃスイートピー(果実じゃないっしょ)。はたまた純真だったあの頃に、身も心も立ち返られる――わけもなく、チッチと悪態をつきながら、でもせめて舌だけは純粋であれ、と前を横切った黒猫に願いを託すのです。

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果実をつまみつづけていると、同じ木のものでもそれぞれ味に違いがあるのに気がつきます。熟したもの、若く固いもの、太陽で温められたもの、日陰でじっとしているもの、甘み、酸味、水分が確実に違うのがわかります。ともすると、同じ種類の実でも別種類の実に近い味もあり、たとえばフランボワーズなのにいちごに近かったりで、これでは一概にフランボワーズの味や香りだとくくるのは難しいのでは? ここでまたおちいる赤い実のパラドックス……個別に突き詰めてゆくと結局元に戻ってしまう。青ざめる私に、「いいんだよ、ボクは赤い果実の中の一つという立場でいいのさ」と風にゆれるフランボワーズでした。ああ、あなたって……ちょっぴり気が弱いけど、すーてきな人だかーら……

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ほろ苦かった赤い実のレッスンのご褒美は、山の上の農家レストランでした。アルザスといえば豚肉加工料理。この日はJambon Braise ジャンボンブレゼ、腿(もも)肉の厚切りハムをじっくり焼いた一品です。ワインは庶民の味方、1リットル瓶のEdelzwicker エデルツヴィケール。よし飲もう! やさしく塩で引き締められた香ばしい肉にかぶりつくと、ジュッと口にほとばしるのは、すでにブイヨンになった汁。ああ、おいしい。あら、おとうさんは農家特製豚肉パイ(Tourte トゥルト)。その厚さは何? え? それで前菜なのですって!

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いつもやっている朝のヨガ、アルザス滞在中はもちろんお庭で。地面にヨガマットを敷くと、地面に落ちていたサクランボが潰され染みになりますが、まあ気にしない。木々に囲まれながら「立ち木のポーズ」をすると、私の腹の脂肪の年輪もかわいいものになってゆくのです。ひとしきり体が火照ったら、最後は寝そべるタイプのポーズ。日々健康でたくさん酒を飲めますように……との最高の念と共にやがて無我の世界へ。

すると、みんながドヤドヤとあせって庭にやってくる。

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「アンタだったのか?」「大丈夫か?」
お隣さんが庭に横たわって動かない肢体を発見。誰かが死んでいるとあわてて家に駆け込んできたそうです。まあ、そうですか。確かに私は「死体のポーズ」をしていましたねえ……酔っ払いのヨガも少しは板に付いたということでしょうか。ねえ、赤い果実たちよ。

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