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〜選択した記事〜

Vol.001

「つまり、サマリテーヌみたいな人ってことね」〜老舗デパート サマリテーヌ が長期閉店〜 2005年08月17日

20年ぐらい前、超マイナーなシネクラブで見たフランス映画で、「つまり、サマリテーヌみたいな人ってことね」、こんな台詞があった。どんな脈絡だったか全く記憶にないが、ある男について語る場面だったと思う。その頃はパリに住むなど思いも寄らなかったが、意味も分からないまま何となく納得してしまった。 


ritaineサマリテーヌは、セーヌ河にかかるパリで一番古い橋「ポン・ヌフ」のたもとにある老舗デパートだ。もとこの場所は1609年からルーブル宮およびチュイルリー宮への給水場だったが、1869年、創業者のエルネスト・コニャック(Ernest Cognacq)とその妻マリー=ルイーズ・ジェイ (Marie-Louise Jay)が小さな傘屋を開いたおり、給水ポンプにキリストに水を与えたソマリヤの女が浮き彫りにされていたことからこの名がつけられた。


アールヌーヴォーとアールデコの粋を尽くした建築美を誇る、この建物は1905年、建築家フランツ・ジュルダン(Frants Jourdin)とアンリ・ソヴァージュ (Henri Sauvage)、内装フランシス・ジュルダン(Francis Jourdan)(フランツの息子)によるもの。現在は国家歴史建造物に指定されている。まるで“ミュゼでお買い物”、みたいな感じ。エントランスに立つと4階まで吹き抜けの構造は上階からも下階からも見渡せ、劇場みたいでもある。総面積3,200平方メートル、7階まで店舗部分、10階はテラス、最上階は360度パリを見回すことのできるパノラマ展望台(74平方メートル)。エッフェル塔や凱旋門より観光客も少なく、並ばないから穴場。パリに訪れた多くの友人を案内したものだ。セーヌ川を見下ろす10階のレストラン「トゥパリ(Toupary)」では、独身者の出会いの催しが定期的に開かれているとも聞く。 


しかし、ギャラリーラファイエットやプランタン、ボン・マルシェと比べると、セーヌ河畔、ルーブルの隣という絶好の立地にもかかわらず、このデパートは長年経営難に陥っており、LVMH(ルイ・ヴィトングループ)に買収されてからも存続が危ぶまれていた。


たしかにソルド(Solde:バーゲンセール)の時期になると、時代も季節も関係なく蚤の市然とし、真夏なのに水色のスウェードの手袋を売っていたり(私もつい衝動買い!)、在庫処分されていないのは素人目にも明白。また、ソルドのポスターが数年間同じなので、「大丈夫なの、サマリテーヌ?」と私も心配していたところだった。 


そこで、冒頭の映画のせりふに戻るが、「サマリテーヌみたいな人」とは単に「何でも揃う」ことに由来していると思うけれど、こんな事情も加味すると、いろいろ知っているのに“誰の気も引かない時代遅れな人”ってことになるだろうか。 


taine2案の定、この由緒あるデパートは創業136年目、毎年恒例となっているソルド目前にして6月22日、突如、閉店した。在庫は山ほどあったはずなのに。建物の老朽化と防災上の理由からパリ市から改築を要請され、向こう6〜10年間の工事のため全館休業と言う。しかし、話はそんなに単純ではない。


 1,350人の従業員のうち、閉店中も勤務を続けられるのは300人だけで、あとは自宅待機か同系列デパートのパート出勤に振り分けられた。1ヶ月経って、すでに解雇された従業員も何人かいる。理由はなんと“熟練すぎる” から!たしかに店員はほぼ中年以上の女性で、肩をたたいても絶対辞めそうにない人ばかり。全館改築にわざわざ6年もかけるというのはそうしたオバサマ・パワーを払拭したいから? 


たしかに、百貨店として収益は上げていなかった。場所としては最高なのに、デパートとしては完全に時代に乗り遅れ、旧体制然としていて御局様たちの大奥状態。現在のオーナーであるベルナール・アルノー(Bernard Arnault)率いるLVMHが乗り出したのに効果をあげられず、業を煮やしたのかもしれない。重役会の建て前は、634人の従業員には来年の10月まで給料を保証するというが、その対象者が誰になるかは発表されていない。入社して32年になるマルチーヌ(53歳女性、文房具売り場担当)は涙ながらに語る。「強引に閉店だなんて、腸をちぎられたようだわ。いつどうなるか、不安でたまらない」。なるほど、各部署で、7人、8人と少しずつ首切りが始まっているらしい。サマリテーヌとともに生きてきた従業員にとってはギロチン台を待つ心境なのかもしれない。


一代で財をなした創業者夫妻はメセナにも貢献し、「コニャク=ジェイ(Cognacq-Jay)美術館」を残した。サマリテーヌは今やパリの欠かせないモニュメントである。フランスの2巨大企業の一つLVMHがこの建物を豪華ホテルにするとか、アートスペースにするとか、さまざまな噂が飛び交っている。今のところパリ市長ベルトラン・ドラノエ(Bertrant Delanoe)は否定しているが、6年後のことは分からない。かつて国鉄駅だった「オルセー美術館」のことを思えば、大いにありうる話である。(工藤瞳)

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