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〜選択した記事〜

Vol.012

ドゥミ・デュー(半神)からユマーン(人間)へ〜人間的な、あまりに人間的な〜 2006年07月24日

サッカーに全く縁も関心もなかった私が、付き合いで対トーゴ戦を見たとき、ジダンは出場停止でいないし、正直言って、あれ?どっちがフランス?と思った。フランス人の友人も「ほとんど白人がいなくてごちゃまぜ。これがフランス」と半ば誇らしげ、半ば自嘲気味に言った。非白人チームのフランスはベスト8を勝ち取り、それからというもの、さほど期待されていなかったのに、いや、だからこそ、対スペイン、対ブラジル、対ポルトガルと、するする順調に勝ち進んだ。あとから読んだが、ドメニク監督は2004年7月、任についたときから、「2年後の7月9日」を宣言していたらしい。ジャーナリストの辛口インタビューを時には無関心に、時には軽蔑を込めてかわす監督に守られながら、選手たちは自由にリラックスして勝負をこなしていった。勝つたびに若者たちがシャンゼリゼなど街に繰り出し、深夜遅くまでお祭り騒ぎが繰り返された。

優勝候補のブラジルを破った時、一人で見ていた私はふとそれに参加したくなった。反対側はガラガラなのにシャンゼリゼ方面の地下鉄は超満員。おまけに地下鉄構内の線路を歩いている人たちのせいで30分も車内に閉じ込められた。なんだか、前回に続いて汗だくの満員電車である。ようやく動いて、次の駅に着くたびに「ヤーパ・ド・プラース(もー乗れないよー)」という大合唱が始まる。降りると、白人、非白人、移民、非移民の区別なく「Zizou Presidentジィズー、プレジダン(ジダン大統領)」と叫びながら喜び合う人、人、人。ジィズーはジダンの愛称だ。踊ったり花火をあげたりの大騒ぎが深夜遅くまで続くらしい。ふと田舎の花火大会を思い出す。

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シャンゼリゼから戻ってみると、市役所前にも黒山の人だかりが。郊外の若者たちだろう、寄ってたかって通り過ぎる車をぐらぐら揺すっている。嬉しいのはわかるけど、車の方は大迷惑だ。こうして次の試合まで、貧乏者も金持ちも、会社の経営者も失業者も、「アレー・レ・ブルー(ブルー、がんばれ)!」でにっこり。郊外の若者たちは、ジダンのことを「俺たちの頭領」と呼び、インテリや政治家などにも彼のカリスマ的な人気は浸透している。非白人混合チームはフランスの誇りと希望の星なのだ。

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1998年、パリに着いたばかりの年、W杯でフランスが優勝した。あの時は、浮かれる人たちをうるさくて迷惑と思いこそすれ、同感できなかったのを思い出す。しかし、あれから数年経って、彼らの喜びの表現に勝負に勝った以上の意味を読み取れるようになった。Black-Blanc-Beur(黒、白、アラブ)の肌の色や出身の異なる選手たちが同じフランスチームとして力を合わせて守り、攻め、得点をする。それがこの移民大国の理想を実現しているように映るのだ。たしかに、白人はバルテーズ、サニョル、リベリ、ジダンはカビリア人だからアラブ系で、あとは肌の黒い選手ばかりのチーム。それが勝ち進むにしたがって、国中が一つになって選手たちを応援すると、選手たちがそれに答えてくれるのだから。

決勝の日、誰もが優勝を夢見ていた。ペナルティでの鮮やかな、人を食ったようなパネンカ(枯れ葉キック)。それを決めたジダンが思いも寄らない行動に出るまでは・・・。あの頭突きはあまりに突飛で、見ていた誰もが、何か苦い、後味の悪い思いにとらわれた。そして退場。あと10分だったのに!不可解だった。自らの花道を台無しにしてまであれを通さなければならなかったのはなぜか?

その翌日、各国の新聞はこの話題一色となった。ブラジルの新聞が読唇により、頭突きを食らったマテラッツィが汚い言葉を吐いたことを明らかにし、イギリスの新聞もイタリア人の口汚さを暴露した:「売春婦テロリストの息子」「お前の家族に見苦しい死を」始め否定していたマテラッツィも「プッターナ(売春婦)」と言ったことは認め、5日後沈黙を守っていたジダンがTVに現れた。「子供たちには謝罪するが、後悔はしていない。あのとき黙っていたら彼の言ったことを認めることになるから。ぼくも人間(Humainユマーン)なんです」。これまで、鋼の神経を保ってきたDemi Dieuドゥミ・デュー(半神)の人間宣言。就任の日から優勝を目標に戦ってきたドメネク監督は、「勝利は手に届くところにあったのに非常に残念」と言いながら、「1時間も中傷され続ければ、キレてもしかたがない」とかばった。

カリブ系のアンリのことを「黒いクソ野郎」呼ばわりしたスペインの監督が制裁金を科されたし、ジダンと同じくW杯を最後に引退する重鎮のチュラムも、イタリアの観客がサルの鳴きまねをするといって告発している。人種のるつぼであるフランスチームへの差別が問題になった。しかし、FIFA(国際サッカー連盟)は「人種差別的な発言はなかった」とし、ジダンに出場停止3回+罰金4800ユーロ、マテラッツィに2回+3200ユーロの厳しい制裁を科した。引退を宣言しているジダンは3日間の社会奉仕をする。自らのキャリアを棒に振ってまでの彼のこの人間的な行動を、ほとんどのフランス人は許した。「天が用意したこの結末を受け入れ」別の意味で自らのイメージを決定的にしたジダンの人間生活はこれから始まる。

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