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〜選択した記事〜

Vol.018

口説き上手なフランス語、ふわっとした日本語 2007年01月22日

お正月らしくない新年からすでに3週間もたってしまった。こちらでは元旦の厳かさやありがたさがない。1月1日が祝日なだけで特別なことは何もなく、2日からすぐふつうに戻るから、のんびり松の内を過ごせないのが残念だ。やらなければならないことが山ほどあるところへ、二つも翻訳仕事が舞い込んできたから忙しい。そういえば亥年だ。まだ年賀状の返事を書いていないところがあるが、それは後回しにして、さっそくねじり鉢巻で取り組んだ。


はじめの仕事はパリ&イル・ド・フランス観光局から。仕事しながら、これからオープンする美術館やスポーツイベントなどに興味をそそられた。2007年に予定されている様々な催し物をいち早くプレ・ビジットでき、13ページの翻訳もそれほど苦にならなかった。それにしても、最大限に客寄せするための大げさな文章には「さすが」と感心させられた。ウチ(パリ&イル・ド・フランス観光局)はこんなにすごいことやるんですよ、ほかでは見られませんよ、逃したら損ですよ、さぁどんどんやってきて心ゆくまで堪能しましょう云々。この文章を読む日本人は、みな、誰でもパリに行きたい気持ちになるはずである。「ふん、そんなところ誰が行きたいもんか」というのはよっぽどの天の邪鬼だと思う。素直に「これも行きたい、あれも見たい」という気持ちにさせる表現が満載だ。というか、それのみ。本当に自己宣伝+誘惑が上手なのである。

次に、ある日本の酒蔵のパンフをフランス語にする仕事を引き受けてみて、違いをはっきり感じた。私は日本人だから日仏翻訳は本筋ではないのだが、頼まれれば能力の及ぶ限りで引き受ける。もちろん信用できるネィティヴ・コレクターを(少なくとも二人は)確保してのことだ。

さて、酒蔵パンフに話を戻そう。こちらの文章は観光のお誘いとは違うから、同じはかりには載せられないけれど、結局はこのパンフを手にする人にお酒を買ってもらうのが目的だ。締まり屋のフランス人消費者のお財布をすっかり緩ませるようもっていかなければならない。ところが、この日本文は「自慢」の度合いが低く、どちらかと言うと自社の「心構え」みたいなことが何度も語られる。自国の飲み物のことを自国の言葉で読んでいる私は、そのコピーがよくできていて、じつにかっこいいとは思うものの、フランス語にすると案の定、全く力を失ってしまう。これでは売れないだろう。なぜか。
翻訳世界では「美しい裏切り」をしなければならない。最近、若くして亡くなったロシア語の通訳翻訳者、米原真理がそんなことを言っていた。フランス語から日本語への翻訳だとそれほど違和感なく裏切り行為ができるのは、(分かってもらえるかどうか自信がないけれど)日本語がある意味、寛容な言語だからだと思う。ちょっとぐらいきざな自慢たらたらの誘惑文はあってもいいし、かえってそれが味になったりする。ところが、寛容はまた、日本語の曖昧さにも通じる。どうも日本文は(ここではもちろんコマーシャル用の文章のこと)「ふわっと」していて、それが日本語で読むと気持ちよかったりする。が、「味わいのカタチ」なんて、外国語(この場合はフランス語)にするとぜんぜん伝わらない。一体何を言いたいわけ?となってしまうのだ。
というわけで、口説き文句をはかないこの酒蔵のパンフ、それでも買い手の気持ちを惹き、酒を売るためにあるのだから、そこらへんをしっかり押さえたフランス語にしてネイティヴチェックを通すと、すっかり別の形の、自我自賛の入り混じった誘惑的な文章になった。そこでフト感じたことは、目的から言えばその訳文がじつは原文から少しも離れていないことなのだった。つまり、日本文のコピーだってやはり消費者の購買意欲をくすぐるために書かれているのだ。微妙に洗練されたスタイリッシュな奥深さが日本人の心に響くとすれば、簡潔に分かりやすくずばっと要点を述べるのがたぶん英語(英語の翻訳の方のご意見伺いたいです)だろうし、フランス語は、更に自己の魅力を十二分にアピールしたコケットな部分がなければ心をつかめないのだろう。「フランス語は口説き上手」なんて、新年早々、ほんわかしたかったのに、脳みそ働かせすぎて見当違いのことを言っているかも知れない。異常な暖冬だし。あ、年賀状の返事書かなくちゃ…。

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