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〜選択した記事〜

Vol.005

たそがれのフランス たそがれのサーカス 2005年12月16日

 日照時間がどんどん短くなって、空はどんより灰色。そんな午後、サーカス(フランス語でcirque)に誘われた。サーカスなんて、かつてのソ連のボリショイサーカスを見たのが30年近くも昔だ。1992年のアルベールビル冬季オリンピックの開会式では30歳の振り付け師フィリップ・ドゥクフレのアートに度肝を抜かれた。彼がフランス国立サーカス学校出身ということにも。たそがれのフランスにも(失礼)すごいところがやっぱりある。


3待ち合わせは、テントのサーカス小屋ではなくて専用劇場Cirque d’Hiver(冬のサーカス)だった。庶民的なレピュブリック広場近くの時代の波に取り残されたようなレトロな外観。界隈には誰もいない。日曜の3時といえば、若者たちはオデオンとか、マレとかもっとにぎやかなスポットに集まっている。案の定、大型バスから降りてきた老人の団体に取り巻かれた。席番号を示すと案内してくれたのも老嬢だった。会場には子供や若い人もちらほらいることはいたが、わたしと友人Bのような中年は完全に浮いている。周りではしゃぐパピー(papieおじいちゃん)やマミー(mamieおばあちゃん)たち。みんな幼なじみみたいに話しかけてくる。ディープな世界だ・・・。

 
「テス、テス、ただいまマイクの試験中。ああ、客の入りはまぁまぁだな」時間になっても始まらない代わり、ちょっと頭の弱そうな青いつなぎを着た小太りの男が登場口で館内の業務連絡をするのが丸聞こえだ。反対側から、長い脚を網タイツにつつんだ猫背の老美女ががにまたで現れた。「あんたがそうやって無駄話ばかりしていると始まらないよ」。それを合図に頭上のオーケストラがファンファーレを奏でると、真っ赤なタキシードを着た司会者が挨拶し、180センチぐらいの生きた人形のような8頭身ダンサーたちが会場にこぼれ出た。


1  続いて白い馬の登場で観客がどよめく。長いたてがみをなびかせた馬たちがかなりのスピードで走る。最前列2列目だったわたしも馬のしっぽが今にも顔に当たるような気がしてその迫力に飲まれる。後からぼたぼた落とされていく馬ふんにもちょっとびっくり。青い制服を着た青年たちがちょこちょこ出て来てはチリ取りやほうきでそれを集めるのを、「早く。急がないと引かれちゃう」とおばぁちゃんたちが心配する。馬は次々にお土産をおいていく。繰り返されるユーモラスな動作。動物の生理現象も見せ物だった。優雅なダンスを披露したあと、馬が観客に向かって礼儀正しく膝を折って頭をたれると、観客は大喝采で応じた。


さて、例の青つなぎのふとっちょが司会者に自分を売り込むが、何をやっても失敗ばかり。空中ぶらんこ乗りの優雅な美少女、ラクダ使いと美女、空中で技を繰り広げるアクロバット兄弟、彼らはみな東欧から来ているらしい。


世界的に有名なロシアのぶらんこ乗りの名前が発表された。また空中ぶらんこ?と思っていると、スターは今日都合で来られないという。それを聞いた猫背の美脚老嬢が代理を務めると言い出した。司会者がとりあわずに行ってしまう。一人残った老嬢はいまだに長く美しい脚を「よっこらしょ」とぶらんこに引っかけ、危なっかしく芸を・・・じつは、決めのポーズもなかなか様になる、かなり訓練された実力者だった。パリっ子のBによると、子供の頃来たとき同じ司会者だったというから、彼女もその頃からのメンバーなのかもしれない(70歳ぐらい?)。そのあとは人間大砲。不安をかき立てるオーケストラの演奏の中、会場では巨大マットレスがどんどん膨らんでいく。ヘルメットをかぶった小柄な女の子が巨大な大砲の筒の中へ消え、導火線に火がつけられると、ぽーんと弧を描いて宙を飛んだ。これで第一部終了だ。


2 劇場のサロンでピエロがたばこをふかしている。バーではラクダ使いの美女が飲み物を作っている。観客はみな子供に戻ってアイスクリームをなめたり、ピエロにサインをもらったり、ぶらんこ乗りの美少女の写真を撮ったり、芝居小屋のムードは満点。

第二部はスタイルのいい妖精たちのダンスに始まり、皿回しと玉なげ、さまざまな楽器(瓶とか、大工道具、台所用品など)によるずっこけ音楽隊と優雅なヴァイオリニストが終わったところで、またまた、例の青いつなぎを脱いだ太っちょが、今度はバーベルの出し物をすると言って、友人のBが会場から借り出された。年寄りの多い会場で最初から目をつけられていたのかもしれない。とにかく彼も芝居っ気たっぷりで観客に大受け。


口直しに、美しいバレリーナとお利口なワンちゃんたちの行進、最後に大きなトラの玉乗りや火の輪くぐり。わたしもすっかり歓声を上げて見入ってしまった。

1

サーカスといえば今や、ヌーヴォー・シルク(Nouveau cirque)のコンセプチュアルアートで盛り上がる世代がある一方、常設の芝居小屋で他愛ない一時を過ごす人たちがいる。この国のこんな遊び精神が国立サーカス学校までつながっている。暮れなずむ外の空気を肌に感じながら、気持ちはすっかり温かくなっていた。

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